2009年06月29日

2こめ

スモーカー提出完了!

次は8/3なので半月くらいは自由になる。

と思いきや修士論文のテーマ発表があり、
IAES(国際建築教育会議)http://www.iaes.aud.ucla.edu/の準備があり、あとなんかいろいろある。


遊びたい。


関係ないが明日は親父の誕生日だ。


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「考える建築店」更新しました。久々。
posted by kaz_pokito at 19:48| パリ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月20日

コンペロード


代官山インスタレーション2009
http://www.artfront.co.jp/dinsta/index.html

さきほど提出。


一週間後には、スモーカーコンペ。建築の友人とやります。6/29
http://www.japan-architect.co.jp/JT/

その次はセントラル硝子。これはたぶんひとりで。8/3
http://www.cgco.co.jp/kyougi/#/home/

さらに新建築住宅設計。美学の友人とやります。9/16
http://www.japan-architect.co.jp/skc9/ja/requirement.html

もしかすると日新工業。やるかな?9/28
http://www.nisshinkogyo.co.jp/compe/index.html

立て続けにシェルター。先のことはわからん。9/30
http://www.kesfc.co.jp/shelter-inc/compe/2009/index_jp.html

きわめつけに東京ガス。社会人向け!10/20
http://kenchiku.tokyo-gas.co.jp/


こんなのも。サントリーミドリエ。9/30
http://www.suntory.co.jp/midorie/contest/index.html


学生らしくドシドシ提出してみようか。
posted by kaz_pokito at 23:31| パリ 曇り| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月08日

観劇、感激


初台にある新国立劇場、その小劇場で演劇を見た。


『美しきものの伝説』(作:宮本研、演出:西川信廣)


こんなあらすじです‥‥

大正元年、四分六(堺利彦)はクロポトキン(大杉栄)、暖村(荒畑寒村)らと興した売文社で、雑誌『近代思想』を発行し始める。3人は大逆事件の残党で、いつか行動を起こそうと機会を待っている。そこへ、青鞜社のモナリザ(平塚らいてう)に会うために、女優志望の野枝(伊藤野枝)が訪れる。
一方、洋行帰りのルパシカ(小山内薫)、早稲田(沢田正二郎)、サロメ(神近市子)たちは、新劇や政治について熱く議論を交わしている。先生(島村抱月)が主宰する芸術座では、松井須磨子主演の『復活』が、音楽学校(中山晋平)作曲の劇中歌もあって大当たりをとる。またクロポトキンは妻がいながらサロメとも恋愛関係にあった。
やがてクロポトキンらは時期を待てずに動き出し、「平民新聞」を発行するが発禁処分を受ける。その活動にも温度差が生じ始め、暖村は距離を置くようになる。そんな時、野枝は夫の幽然坊(辻潤)と別れてクロポトキンの元にやってくる。
芸術座のサロンでは学生(久保栄)も議論に加わるようになるが、スペイン風邪がもとで先生が亡くなり、松井須磨子もその後を追い自殺。クロポトキンは革命思想を突き詰めて行く・・・。(公式サイトより)


予期していないすごい内容。(演劇の知識がリアルゼロなので、名作だということも知りませんでした)
だが、おもしろい!!
思想=生き方な大正の熱い活動家たちの群像、そのかっこよさと切なさ。名ゼリフがたくさん。おもしろいなぁ。。説明するのめんどうだからしないけど。


出演は新国立劇場演劇研修所のひとたち
http://www.nntt.jac.go.jp/training/drama/index.html

ひょんなことから2人知り合い。やったー、演劇の世界へ連れて行ってもらおう。熱演、よかったよ!
posted by kaz_pokito at 02:37| パリ 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月27日

かねやままち



1.jpg
沼沢湖。

2.jpg
SL。

3.jpg
大自然、渓流釣り、名人ともくん。

4.jpg
イワナ、ヤマメ。気づかれないようにさっと釣る。

5.jpg
で、すぐさま焼く。

夜は地元のおっさんたちと呑む。

いなかは楽しいぞー。
posted by kaz_pokito at 17:10| パリ | Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月20日

住宅論


やはり怠慢であった。
直観で、篠原一男、と思ってSD選書の『住宅論』を読めば、これが大変おもしろい。こんな書き手が偏屈な建築家たちのなかにもいたのか。
今まで読んでこなかったのが怠慢なのだけど、かといって数年前に読んでおもしろがったかどうかわからない。直観で、一撃で、いい本を探り当てる嗅覚は、少しは付いてきたのかも知れない。

自分で考えること、は、少しずつ身についてきた実感がある。
そしたら次は、自分固有の問題を発見することだ。そこがまだ霧の中。
まずは自分の好きなものと嫌いなものをしっかり把握しなきゃ始まらない。体を使う時期かもしれない。

探求の地ならしを、あと1年、ないし2年で、少しでも進めなければという気持ちでいっぱいになった。『住宅論』は、あとから振り返れば僕のバイブルになるかも知れない、建築家の生き方についてのすばらしい参考書だ。
posted by kaz_pokito at 19:10| パリ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月10日

希望

第二回友人内短編コンペ

テーマ:「希望」
ルール:「希望」という単語を3回使う。以上。
〆切り:6月30日


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飲み会で突然、そういうことになった。

いままで「希望」について考えたことなんかない。
だって、20代の自分にとっては当たり前の前提みたいなものだからだ。ほとんど「希望」に生かされていると言ってよい。

でも、考えてみたら、中学高校の自分は「希望」を糧にして生きていたとは思えない。もっと動物のように、漫然と生きていた気がする。

だいたい動物には生理的欲求はあっても「希望」なんかない。人間だけが「希望」を持って生きる。だから時折「絶望」して死ぬ。

そう考えると不思議だ。
‥と思ってもっともっと考えていると、「はて?で、希望とはなんでしたっけ?」という気分にもなってくるが、それは何について考えてもそうなるので、あまり気にしない。「僕には希望がある!」というところからはじめよう。


ついでに「希望する」という言い方もあって、その場合、「そっちよりこっちがいい」という意味で使われることが多い。つまり、有限個の選択肢の中から選ぶときに使う。
で、「希望する」を使うときは、こっちに決定権があるんだかないんだかわからない場面が多い気がする。希望進学先とか。

なので「希望」と「希望する」は少し違うかも知れない。

建築家になりたいという希望!
は、
建築家になりたいという欲望!
にしても、まぁニュアンスが異なるけれどわかる。

でも「欲望進学先」はこわい。「私は欲望します」もこわい。
とはいえ「欲望峰」もなんかえげつない。

欲望峰では日夜、頂上をめざしてひとびとは蟻の大群のように這いつくばって登っており、荒々しい山肌では小競り合いの後に滑落する人間が絶えない。谷は敗者の死体で埋め尽くされており、死んだ者も生き残った者も、その指の爪はとうに剥がれ落ちている。天気は、嵐と灼熱が数日おきに変わる。

こわい。
でも「希望峰」だと思っていたら「喜望峰」だった。
だいたい峰でもなくただの岬だ。どうなっているんだ。


まぁでも、「欲望」って、なんか「勝ち取るためには手段選ばず」という気分がする。

「希望」は、なんだろう、とにかく尊い響きだ!


響きがよい、という結論に達した。
posted by kaz_pokito at 21:26| パリ 曇り| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月09日

ひっさびさ


『考える建築店』更新情報!

http://d.hatena.ne.jp/hattorikazuaki/


長らくお休みしていてほんとうに申し訳なかった。書きたいことは山ほどあったけど、なぜか手が動かなかったのです。4月に手が動く人は本物ですよ。保証します。

えぇ、書きますとも。今後はぜったい。コンスタントに。
(小田嶋隆風)
posted by kaz_pokito at 02:49| パリ 曇り| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月29日

あーあー


いろいろとやることがあって書きものをする頭がないよ。

いまは、福島のいなかの、
旅館の内装リノベと、
駅のキオスク?(名産品売り場)を設計中。
初の実作となるか?

将来的には村全体の再生プロジェクトを次々とやりたいですな。予算出せ国家。


そしてコンペやスタジオが、その先に修士論文が(もっと先に就職が)、ちらついています。困ったことです。
posted by kaz_pokito at 03:02| パリ 晴れ| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月10日

クレーム最小化都市


学校に戻ってきたら知らない人ばかりだ。
M3というのはやはり仮の身分というか、学校に在籍しつつも外を目指していないとダメなようだ。学校はもう下の世代に占領されてしまった。


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帰りがけにブエノスアイレスを観光した。
前に「典型的なヨーロッパの地方都市で見るものがない」と書いたけれど、謝ります。意外と楽しかった。滞在した場所が経済の中心地で目抜き通りもつまらなかったので「ダメだな」と思っていたけれど、旧市街はすばらしい賑わいだった。
1km以上あるホコ天はフリマとタンゴで埋め尽くされていて、観光用でもあるけれど、こんなに楽しい場所は東京にもニューヨークにもない。ホコ天は人類の財産だよ。日本人は都市を楽しむ能力が著しく低いので、ぜひ視察したほうがいいと思う。


今回の旅は、ニューヨークを少し覗いて、あとはラテンを肌で感じる日々であった。しかし旅行中に同時に東京も体感していた。というのは村上春樹の『アンダーグラウンド』を読んでいたからだ。必読書とは思っていたが分厚かったので、今まで読んでいなかった。本は‥‥村上春樹という人の「大きさ」に触れ、何度も目頭を熱くさせながら読んだ。

日本(東京?)は「クレーム最小化」の都市だと思う。たとえば最近激化する禁煙キャンペーンをみればわかる。しかし、過半数のクレームだけではなく、少数のクレームに対してもびくびくしている。あらゆる不快さがキレイに隠蔽されており、快適なサービスが行き渡っている。非常に暮らしやすい。危機管理もすべて社会が担うようになっている。

不快なもの、あるいは不快の可能性を孕んだものが世の中から消える弊害は大きいと僕は考える。というのは、不快の可能性があるものとは、同時に幸福の可能性も持っているからだ。
たとえば「会話」というものは、その最たるものである。「会話」は日本では親しい仲でしか機能しないようにできている。コンビニやレストランで店員と会話することはまれだ。なぜならそこにはサービス提供者と消費者という明確な区分があり、消費者はクレームという武器によってつねに優位に立っているからだ。「会話」が人を(消費者を)不快な気分にさせる可能性がある以上、それはサービス受給の場においては「ないほうが安全」ということになってしまう。これは世界的に見たら異常なことだ。
日本固有の問題には「生産と消費の乖離」があるだろうし「公共という概念が根付いていない」があるだろうと思う。

また、あたりまえだが、平和でキレイでよくコントロールされている国では、個人の危機管理能力−というか生存する力・自分で考える力が弱くなってしまうのも無理はない。
posted by kaz_pokito at 16:46| パリ | Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月05日

地球の裏


モンテビデオという原広司ゆかりの地(?)を訪れたわけだけど、すでに彼の建築はなかった。夜は広場で老夫婦がタンゴを踊るようないい町だ。


ワークショップは楽しかった。


・ディスカッションとやらは超速英語の応酬を理解するのにいっぱいで、意見を言うなんて実にむずかしいし、チームでいるときに一人になる時間も少なくはなかった(課題にかんする話は楽だけど、日常会話が難しい。何を話したらいいかわからないのだ)が、毎日いっしょに行動してたら仲良くなるもんだ。別れ際は、「うるるん」の気持ちが初めてわかった。あんなにみんな泣くもんかねと思っていたけど、今はなんの疑問ももたない笑


・外国人というのは本当に正直でいいやつばかりだ。付き合っていて気持ちがいい。喜びは全身で、曇りなく表すものだ。もちろん「正直でいいやつ」が時に危険になりうることも僕らは知っている。でも、一生懸命お互い話せば伝わるはずだ(個人対個人なら)。がんばれ人類。


・建築のプロセスは、日本人からしたら大いに疑問だ。ドローイングやスケッチを描く前に議論するのは時間の無駄だと思ってしまう。たぶん彼らの基本原理に、「目標を正確に決めて、宣言し、目標へ辿り着く方法をみんなで確認し、つねにコンセンサスをとって、あらゆることが説明可能であるように準備しておく」というのがある気がする。まず飛び出して勝手なことをやって持ち寄って、というやり方をやっていたのはペルー人だけだった。でも結局彼の働きはすごかった。論理をこえて人を惹きつけるものを人より先にぶちかませばそれでいいのだと、やっぱり思ってしまうのだった。(でも外国の理性というのかな?を知ることはためになる。すごいよ、彼らの真面目さ。)


で、卒業設計はなんと賞をいただきました◎ かなり素敵なトロフィーを持ち帰ります。世界で8人でっせ。やったー。大勢の外国人の前でスピーチというのも新しかった。

くわしくはこちら。
http://www.archiprix.org/workshop_2009/


8日に帰ります。
posted by kaz_pokito at 09:30| パリ | Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする